SDGsが目指す『誰一人取り残さない』グローバル社会

井筒 節
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 附属教養教育高度化機構 特任准教授

MDGsからSDGsへ

 SDGsを理解するためには、その成り立ちを知ることが有用です。その上で重要なのが、前身であるミレニアム開発目標(MDGs)です。MDGsは、冷戦が終結し、国際協調の時代が到来する期待感のなか、90年代に国連が開催した「子どものための世界サミット」、「世界人権会議」などの様々な国際会議の行動計画をまとめる形で、2000年に国連が採択した国際目標です。
 MDGsでは、8つの目標が設定されました。限られたお金と人材が分散してしまうと、なにひとつ解決できなくなってしまいます。そこで、世界中のリソースを「極度の貧困と飢餓の撲滅」等、8つの分野に集中することで、着実に結果を出そうと考えたのです。この結果、沢山の人が貧困から抜け出し、教育や保健、子どもや女性の権利や環境課題においても、様々な改善が見られました。
 このMDGsの残された課題や教訓を引き継いだのがSDGsです。SDGsでは、17の目標が設定され、新たに「誰一人取り残さない」という原則が採用されました。MDGsが作られた2000年代には、貧困や飢餓に苦しむ人が非常に多かったため、効率的により多くの人が恩恵を被れるようにすることが大切でした。そのため、マジョリティーやリーチしやすい人々への取り組みが多くなされました。しかし、その結果、少数者は後回しになり、持つ人と持たない人の格差が生じることもあったのです。格差は、テロや難民など、国際社会における問題の主要原因のひとつになりました。そのため、数や効率ではなく、周辺化された人々を優先し、格差をなくすことが、SDGsの原則となったのです。

SDGsに引き継がれたMDGs(ミレニアム開発目標)の8つのGoal

SDGsの主文「2030アジェンダ」

 SDGsには主文「持続可能な開発のための2030アジェンダ」があり、SDGsはこれをモニターするためのものです。すなわち、SDGsは、2030アジェンダの理解なしに、実現することができません。2030アジェンダには、「行動計画」として、6つの課題が提示されています。

1 貧困と飢餓に終止符を打つ
2 国内的・国際的な不平等と戦う
3 平和で、公正かつ包摂的な社会をうち立てる
4 人権を保護しジェンダー平等と女性・女児の能力強化を進める
5 地球と天然資源の永続的な保護を確保する
6 持続可能で包摂的な経済成長、繁栄の共有と働きがいある人間らしい仕事のための条件を、各国の発展段階・能力の違いを考慮に入れて作り出す

 そして、この6つの課題に取り組む際、「誰一人取り残さない」、そして「最も遅れているところに第一に手を伸ばす」ことが重要とされました。最も貧困な状態に置かれている人々、ニーズが高いにも関わらずこれまで支援が届いていなかったところ、具体的には子ども、若者、障害のある人、エイズと生きる人、高齢者、先住民、難民、国内避難民、移民等を優先していくことが、SDGsの特色となったのです。
 行動計画には「不平等と戦う」、「包摂的な社会をうち立てる」、「平等」、「繁栄の共有」といった言葉が散りばめられ、インクルージョン(包摂)と共有が前面に出ています。
 日本でも、人口に占める割合は、移民の方が1.8%、障害のある方が14%、60歳以上の方が34%、LGBTIの方が8.9%とされています。これを単純に足すと60%。重複がありますから単純に足してはいけないのですが、決してマイノリティではないということがわかります。経済的にも巨大な市場です。こうした方々が取り残されないような社会を目指す。それがSDGsの最も大切なところだと言えます。

周辺化された人々の包摂

 例えば、SDGsの目標3は「すべての人に健康と福祉を」、目標4は「質の高い教育をみんなに」です。外国人や移民の方が予防接種等の保健サービスを受けられているか、知的障害のある方たちが教育を受けられているかといったことをチェックし、もし受けられていなければ、変えていく必要があるということです。
 目標11「住み続けられるまちづくりを」には防災も入ります。例えば、避難計画が障害のある人々と共に作成され、避難情報が視覚障害や聴覚障害がある方にきちんと届き、避難経路が車いすユーザーの方が通行しやすいように整備され、知的障害、発達障害、精神障害のある方が避難所を良い形で利用できるか。そのように見ていくのが本来のSDGsの使い方なのです。
 目標12「つくる責任、つかう責任」では、企業が製造・販売する際、様々な多様性ある人々がそれらを使えるようになっているのかという視点が大切です。国連では、毎年、先住民の方たちのフォーラムが開かれています。障害者の権利に関する会合も多く、会議場やトイレはアクセシビリティが確保され、手話通訳や字幕も当たり前になりました。平和、経済、気候変動等、テーマを問わず、様々な人々が参加することで、多くの知、経験、ニーズが反映され、より包摂的な社会に近づきます。日本でも少しずつ、そうした取り組みが増えると良いと思います。
 LGBTIをめぐっては、国連人権高等弁務官事務所は、男性同士が合意の上での性的関係を持った場合、収監される可能性がある国が73カ国、死刑になる国が5カ国としています。
 女性器切除(FGM)が実施されている国も約30カ国あり、約2億人の女性が女性器切除を経験しています。例えば、エジプトでは91%の女性がFGMを経験しています(図9)。

図9. 女性器切除の経験を持つ人(15~49歳)の割合(UNFPA Web)

 精神障害をめぐる政策も課題です。国連障害者権利条約を批准している約180カ国のうち約80%の国が精神障害のある方の選挙権を認めていません。議員に立候補したり、投票したりできないのです。約半数の国では精神障害を理由とした解雇が認められ、4割の国では精神障害のある方は結婚できないという法律があります。
 企業の活動は国際的になっています。世界では、このように、生存、選挙への参加、労働、結婚といった基本的人権が満たされていない人々が大勢いることを認識しながら、教育、研究、ビジネス等を進めていく必要があります。
 そして、そのためにSDGsの目標17ではデータの収集を重視しています。例えば、教育を受けていない人がどれぐらいいるかを見る際、ジェンダーや障害の有無でどのように違うのかといったデータもあると、政策も変わります。ですから、障害、ジェンダー、年齢等、多様性に関わる指標をきちんと含めていくことが大切です。

「私たちのことを、私たち抜きで決めないで」

 SDGsは、障害者権利条約の知見を多く取り入れています。例えば、「私たちのことを、私たち抜きで決めないで」という考え方です。国連の会議は、もともと各国の大使が話し合うためのものです。しかし、この条約作成時、「障害者のことを決めるのだから、外交官だけで決めないで」という声が市民社会から挙がりました。それをきっかけに障害のある方たちが外交官と共に会議に参加し、条約を作るようになりました。
 こうした進め方が非常に大切で有用であることがわかり、SDGsを作る際も、様々な市民社会の方が参加したのです。これを、SDGsを実施する際にも適用しなければなりません。様々なステークホルダーに参加してもらい、違いを活かし、様々なオプションを選ぶことができるようなルールや政策、システムをつくっていく必要があります。

個人の違いと社会のバリア

 また、障害をめぐる考え方も重要です。以前は、例えば「車いすを使っている方=障害のある方」というような見方が一般的でした。しかし、車いすを使っているかどうかは、眼鏡をしているかどうかと同じで、多様性の一つです。障害は、車いすで通れない段差や階段。エレベーターやスロープがあれば、目的の場所へ行けますから、障害=バリアはなくなります。ですから、障害は、社会がつくりだすものであり、これをなくしていくことが大切だという考え方に変わりました。障害物走で、走っている人が障害なのではなく、ハードルが障害なのと一緒です。
 誰もがバリアと直面することがあります。そして、国、大学、企業、そして、私たち一人ひとりがバリアをなくしていくことが大切なのです。例えば、カラー・ユニバーサル・デザインをご存じでしょうか。日本の男性のうち5%の方は、色の見え方が異なります。例えば、地下鉄の路線図では、以前、色だけで路線を区別していました。しかし、それでは識別しにくいのです(図10)。そのため、最近は「○○線」と文字で書き、さらに漢字だけでなくアルファベットと数字の組み合わせで駅名を表示するようになりました。これにより、外国の方などにとっても地下鉄は利用しやすくなりました。
 ホームドアも広がっています。小さな子どもや視覚障害のある方が線路に落ちる事故を防ぐことができるようになりました。
 本学も、車椅子ユーザーの方が使いやすいルートや、アクセシブルなトイレに関する情報を示したマップを用意しています。ちょっとした工夫をすることで、様々な人たちを包摂し、アクセシビリティを高めていくことができます。そうすることで、「誰一人取り残さない」社会を作っていくことが大切なのです。中でも、意識や態度を変化させることは身近にできることであり、とても重要なことです。

図10.色の見え方の違いを踏まえた地下鉄路線図の工夫
(福島県男女共生課Web「カラーユニバーサルデザインガイドCUDの具体例」)

「天国へ誘うのではなく、地獄から救う」

 私ども教養教育高度化機構国際連携部門は、「国連とインクルージョン」というクラスを開講しています。HIV陽性者やLGBTI当事者、障害当事者の方等にいらしていただき、学生とのディスカッションの機会を設けています。それに基づき、国連に若者の提言を届けています。
 また、国連やSDGsのことをもっと理解できるように、夏期集中講義として、15人程度の学生を選抜し、ニューヨークの国連本部で、国連職員から直接レクチャーしてもらったり、ディスカッションしたりといった機会も設けています。ほかにも、多くの国連機関と一緒に、様々なイベントを行ってきました。国連やUNFPAとの共同研究も実施しています。
 学生たちが自主的に行う活動も広がりを見せています。ニューヨークに行った学生を中心とするUNiTeという学生団体は、国連と東京大学をつなぐ活動を行っています。例えば「ボイス・オブ・ユース JAPAN」というウェブプラットフォームをUNICEFと共同で立ち上げ、UNICEF事務局長来日時に開設しました。東京だけでなく、地方にいる若者の声も取りあげ、対話できるようにしています。
 EMPOWER Projectという活動にも世界の注目が集まっています(図11)。日本では、妊産婦はマタニティマーク、障害のある方はヘルプマークといった形で、当事者がマークをつける文化があります。ただ、うつ病の方が「私はうつ病です」というマークはつけにくいものです。マタハラ等の問題もあります。そこで、逆に「よければ協力します」というマークを作ったらどうかというアイデアを学生たちが考え、活動にしてくれました。この活動は高く評価され、国連本部に招待されて発表したり、国連大使が日本の好事例として演説で言及して下さったり、「SDGs ACTION! AWARDS」を受賞したりと、様々な反響がありました。国、自治体、企業との連携も進んでいます。

図11.東大生によるEMPOWER Project「協力者カミングアウト」の広がり
 a: 朝日新聞「SDGs ACTION! AWARDS」受賞   
 b: シンボル「マゼンタ・スター」グッズの製作
 c: 国連本部で取り組みを発表する学生       
 d: 国連本部でのパネルディスカッションの様子

誰一人取り残さない

 WHOは、1年間に戦争で亡くなる人は30万人、殺人で亡くなる人は50万人であるのに対し、
自殺で亡くなる方は80万人としています。特に若者の自殺は大きな問題で、若者の死因の2位が自殺、女子では1位という国が多くあります。
 人間は心の生き物です。開発の指標や企業活動の評価はお金やもので測ることが多いものですが、一人ひとりの心のウェルビーイングへの影響という視点がこれから大切になってくると思います。
 ダグ・ハマーショルド第2代国連事務総長は、「国連は人を天国に誘うためではなく、人を地獄から救うために創設された」という言葉を残しました。SDGsは一番苦しい立場にある人たちが、そうした状況から抜け出し、教育、保健、雇用を享受でき、不平等がなく、そして、平和と公平が確保され、環境が持続可能である世界を目指しています。SDGsを考えるとき、「誰一人取り残さない」ことを、心の側面を含めて考えることがとても大切なのです。